生と死 先輩白石氏の軌跡

小生が生死を彷徨っていた時、先輩は亡くなられた。先輩とは白石勝彦氏で小生の釣り人生に最も影響を与えた人だった。右にリンクがあるが、「ミネルバのフクロウ」とは先輩のブログである.。
小生が先輩と初めて会ったのは、大学1年生の昭和45年7月釣り部の部室だった。夏合宿をどこにするか検討している時だった。
大学の博士課程に在籍していて10歳年上だった。2万5千分の1の地図を取り出し、八久和川に下から入るという。部員の誰もが驚いた。釣り人にとって人跡未踏の渓谷であった。その釣行記録は月間「つりマガジン」に発表され、その名を全国に知らしめた。
その記録触発され、大学2年の夏、奇しくもシルバーライン開通の日、小生と同期のkと黒又川赤柴沢にアタックし、大イワナを釣り上げ、学釣連にその存在を示した。
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50cm前後のイワナを2匹釣り上げた。
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大イワナの滝壺。後々、白石先輩も何度どなく釣行している。
先輩と初めて同行したのは、昭和47年、西大鳥川支流枡形川。非常に険しい峪だった。
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ゴルジュを突破して上流へと向かう。
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滝の連続するポイントを釣る
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左が小生、中央が白石氏。
そして、昭和48年夏、北海道静内川、コイボクシュンビチャリ川へ釣行した。
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当時のメンバーは4名。
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尺前後のイワナを焼き干しているところ。
この時の記録は、「大イワナの滝壺」として昭和源流釣行記の名作として有名。2014年に山と渓谷社から復刻版が出た。
卒業してからは疎遠になったが、昭和52年5月の連休に玉川支流、大深沢に同行した。イワナの楽園を開拓した。
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その後、寸又川と逆河内に行ったが、時間的余裕と体力も落ち同行はあきらめた。
漸く、小生もリタイヤし関東へ戻り、氏との同行を楽しみにしていたのだが、その思いも実現できなくなった。残念で仕方がない。
氏の著作品を紹介して、その功績を偲びたい。
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初期の釣行記録、小生はW君、渡辺君と紹介されている。
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豊富な経験に裏打ちされた渓流釣りの解説書。
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イワナの研究についても、第一人者であった。TV番組11PMのフィッシングで北極圏のイワナ探索を行った。
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2000年に出版された本流釣りの教本。
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テンダー魚籠を下げた氏の後ろ姿。氏の功績に敬意を表し、合掌。

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釣友との釣行の下見・・・!

大学時代からの釣友と40数年ぶりに釣行する約束をした。その下見を兼ね7月13日鬼怒川上流へと釣行した。
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川虫を捕るため朝一本流との合流点に向かう。水況が良いので本流差しを狙って竿を出したが、無反応だった。さらに上流へと駒を進めたが、行けば行くほど濁りがきつくなりダメだった。今日の目的の1つである情報収集と釣友の分の入漁券の確保のため、神山釣具店に足を運ぶ。この店の女将さんはブログをやっており是非お会いして話を聞きたいと思い、アポを入れておいたのだ。ダイワの笹尾テスターの写真などもあり、色々と話が盛り上がり長居してしまった。教えていただいた公園駐車場に着いたのは10時半近かった。川岸に簡単に降りられた。大型のニジマスがいるというのでタックルは90-95のHタイプ、仕掛けは0.6号通し、ハリはスーパートラウトの8号を選択、釣り開始。見るからに良さそうな淵はあたりがない。相当攻められているのだろう。それならばと岩盤の浅瀬の溝を狙っていく。
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当たりが出たのですかさず合わせると下流へと走りジャンプ。大きくはないがよく引いた。
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タモに収まったのは37㎝のピンシャンレインボー。瀬の中で釣るとなかなかスリリングで楽しませてくれた。
同じような所を流しているとまた反応があった。
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下流に倒木があり駆け込まれたらアウトなので少々強引にコントロール。Hタイプなので余裕をもって対応できた。
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38㎝の肥ったやつ。
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こいつもリリースした。
調子が出てきて、さあこれからというところで雷がなり豪雨となった。急いで釣りを止め、駐車場へと向かう。着替えている暇などない。急いで移動するも、視界が悪く道路も冠水していてノロノロ運転で蕎麦屋の駐車場に駆け込む。軒先で雨宿りさせてもらい。小降りになったところで着替えをして蕎麦をいただく。
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炊き込みご飯と掛け蕎麦のセット。ずぶ濡れですっかり冷えてしまった体に染み入る様なおいしさだった。食後竿を出せそうな場所を見て回ったがどこも泥濁りで釣りになりそうもなかったので帰路に着いた。家に近くなったところでお腹が痛くなり、自宅着くと即トイレに駆け込む。すると大量に下血した・・・!。家内に救急車を呼ぶように指示しベットに倒れ込む。20分位で救急車が到着したが更に2回下血して、ストレッチャーで運ばれるときは意識がもうろうとしていた。
その後、幾度どなく生死を彷徨い。22日間の入院を経て、自宅に戻ったのだ。入院中の18日、釣友から先輩が亡くなったとの電話があった。小生が生死を彷徨っていた時先輩も同様だったのだ・・・!!

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